[造手] Barone Cornacchia / バローネ・コルナッキア
[銘柄] Controguerra Pecorino / コントログエッラ・ペコリーノ
[国] Italy / イタリア
[地域] Abruzzo / アブルッツォ州
[品種] Pecorino / ペコリーノ
[タイプ] 白 / 辛口 / ミディアムボディ
[容量] 750ml
<輸入元テイスティングコメント>
輝きのある黄色、凝縮された豊かな果実のアロマの中にミネラルの要素が感じられます。しっかりとした酸が全体を支え、非常にフレッシュで持続性があります。
<栽培>
コントログエッラは、アブルッツオで一番北にある、小さな村の僅かな範囲にあるD.O.C.。殆どのペコリーノは、I.G.T.として生産され、D.O.C.でしかもビオロジックでワインを造る生産者は数軒のみ。遅摘みだが、完熟しきる前に畑で選別しながら収穫。収量は35hL/ha。
アブルッツォ州北部に位置する古くから葡萄栽培に適した標高240mの丘陵地で、面積は60-62ha。80%が南向きの斜面で、石の多い石灰岩土壌。アドリア海が穏やかな気候をもたらし、高い山(グラン・サッソ)が悪天候を遮る。全てのエリアがコッリーネ・テラマーネのエリアだが、DOCGの申請は最良の5haのみ。樹齢の古い葡萄樹(平均樹齢80年)を使っていることで、収量も大変少なく、濃縮度も高くなる。有機栽培。イタリアを代表するICEAの認証、EUの有機ロゴ「ユーロリーフ」表示。害虫除けには主にフェロモン。肥料は鶏の糞。グリーンハーベストを毎年7、8月に行い、1本に5房付けるようにする。収穫は手摘み。酸が落ち、糖が高まり、タンニンが強くなる。この3つの要素で、一番良いタイミングが大切。
<醸造>
除梗し、ソフトにプレス、垂直ステンレスタンクで16-18度に温度管理しながら10-12日間発酵。ボディと骨格、そしてまろやかさを出すために4ヶ月バトナージュ。最初の1ヶ月は週1回、その後は2週間に1回と、徐々に回数を減らす。ALC度数14.5%。
<ストーリー>
「100% コッリーネ・テラマーネ D.O.C.G.の指定区域から」
コルナッキア家が所有する畑は全てモンテプルチアーノ・ダブルッツォ・コッリーネ・テラマーネD.O.C.G.に指定された区域に入っています。アブルッツオ州全体からD.O.C.G.に認定されたエリアは、北部の丘陵地のみ。このことからもコルナッキア家の所有する畑がとても良いことが分かります。また、コルナッキア家がD.O.C.G.に申請するのは、所有する60-62haの内、最良の5haのみです。
「世代交代による改革で、伝統的なアイデンティティを残しつつ、高いエレガンスを追求」
ピエロ・コルナッキアから、カテリーナとフィリッポへと世代交代をして、ワイン造りにさまざまな改革が行われました。主な変更点は、�\屮錺ぅ鵑蓮�温度管理して、マセラシオンの期間を長くした。またデレスタージュにより、タンニンがエレガントで滑らかになった。�▲蹇璽織蝓璽侫 璽瓮鵐拭爾鯑各�した。内部にプロペラが付いており、マストをゆっくり回し、常に果帽をワインと接触させる。白はスキンコンタクトに使用。��コンサルタントのアゴスティーニのアドバイスで、全ての工程で厳しい手順を決める。タンクや樽からの分析をより多く行い、それぞれに合ったブレンドする。�た靴靴ぬ�閉式のプレス機、フィルターシステムやボトリングラインを導入。
「飲み頃になってから出荷」
日本に輸出するワインは、意図的にリリースを遅らせ、カンティーナでボトル熟成をしています。生産者にとっても、弊社にとってもリスクのある方法ですが、コルナッキアのような伝統的なスタイルのワインには、ボトル熟成が必要だと考えるからです。
「日本にモンテプルチアーノ・ダブルッツオを広めたリーダー的存在」
稲葉のイタリアワインのルーツとも言えるワインがこのワインです。稲葉が初めてバローネ・コルナッキアのワインを扱い出したのは1991年で、その頃日本市場にはモンテプルチアーノ・ダブルッツォは皆無でした。そんな時代に、それまで経験したことの無い濃い色と、はちきれんばかりの果実味、そして、とてもソフトな口当たりで脚光を浴び、日本でのモンテプルチアーノ・ダブルッツォの人気に火を付けました。25年余経った今では、多くの生産者のモンテプルチアーノ・ダブルッツォが輸入され、イタリアンレストランのワインメニューに無くてはならないものとなっています。
歴史
400年の歴史を持つ。1577年、コルナッキア家がナポリ王国により、バローネ(男爵)の爵位を与えられ、ブルボン王朝との国境を接するこの土地を管理、監視する役目を担っていた。そのような経緯から、先祖代々、広大な土地を所有し、その中から葡萄栽培に適した選りすぐりの土地を畑とし、質の高いワインを造ってきた。コルナッキア家は代々、チヴィテッラの要塞に居住していたが、長い戦争の後、1861年にイタリアが統一されると、コルナッキア家は要塞を手放さなくてはならなかった。それにより、狩猟地だったトラーノ・ヌオーヴォに移り住むことを余儀なくされた。この場所が現在のワイナリーがある場所。20世紀初頭、イタリア全土を襲ったフィロキセラによる畑の壊滅後、フィリッポ・ヴィッツァーロ・コルナッキアがアメリカの台木にクローンを接ぎ木し、畑の植え替えを行った。20世紀の初頭、モンテプルチアーノ・ダブルッツォの生産を開始。
1933年、品評会で最初の公的な賞を受賞。カテリーナとフィリッポの祖父の時代には、既に見本市にワインを出展していた。祖父は当時からモンテプルチアーノの高品質なワインを造っていた。
1960年代、モンテプルチアーノ・ダブルッツォをアブルッツォでいち早く瓶詰めを行った。
1969年、バローネ・コルナッキアの畑から、現在も広く使われているR7というモンテプルチアーノのクローンが採取された。
1980年代、カテリーナとフィリッポの父、ピエロ・コルナッキアがヨーロッパ、アメリカへワインの輸出を始める。
1990年代、日本へ輸出をスタート。ピエロの時代に、ポッジョ・ヴァラーノ、レコステが誕生。
2012年、ゴフレード・アゴスティーニがコンサルタント・エノロゴとしてワイン造りに参加。
2016年、カテリーナとフィリッポが正式なオーナーとなる。
カテリーナ・コルナッキア:姉。1976年生まれ。主に販売や事務管理。
フィリッポ・コルナッキア:弟。1977年生まれ。ワイナリーのセラーの仕事を中心。
ピエロ・コルナッキア:父。父は今でも現役で主に畑仕事をしている。母は経理や事務。法律や瓶詰めや様々なイタリアの厳しい規定(ビオなども含み))に対しても母が対応。
ゴッフレード・アゴスティーニ:2012年から、コンサルタント。ヴェレノージやトスカーナ、アメリカの生産者も兼任。意見交換して一緒にワイン造りすることで、コルナッキアのスタイルを残しつつ、品質がさらに向上。
(以上、輸入元情報より引用)[]