[造手] Domaine du Moncaut / ドメーヌ・デュ・モンコー
[銘柄] Heita Blanc / エイタ・ブラン
[国] France / フランス
[地域] Sud-Ouest / シュッド・ウエスト
[品種] Petit Manseng, Colombard, Gros Manseng, Sauvignon Blanc, Sauvignon Gris / プティ・マンサン, コロンバール, グロ・マンサン, ソーヴィニョン・ブラン, ソーヴィニョン・グリ
[タイプ] 白 / 辛口 / ミディアムボディ
[容量] 750ml
<畑・栽培>
ドメーヌの畑があるモンコー丘陵は、大西洋にも近くピレネー山脈にも近い場所に位置するため、適度の湿気のある温暖な海洋性気候を享受しています。表土はモーコーと呼ばれるピレネー山脈が川によって流されて堆積した小石とシルトと砂利で、その下に中新世代の粘土の層があり、さらにその下に砂の層があります。小石が土壌の自然な換気と水捌けに好都合であるため、ブドウは成熟を妨げるストレスや水分過剰に苦しむことがない理想的な土壌です。さらに、斜面で南向きという条件が加わり、素晴らしい品質のブドウを栽培する環境が整っています。浸食が起こりやすい斜面であるため、穀物を栽培して下草を生やして浸食を防止しています。
栽培方法は殺虫剤や除草剤は一切使用しない厳格なリュット・レゾネを実践しています。ドメーヌの畑のブドウ木は、モンコー丘陵の南向きの斜面に沿って植えられています。
<ストーリー>
ドメーヌ・デュ・モンコーは2005年にSophie de Salettes ソフィー・ド・サレットによって、ピレネー山脈の麓(山バスク)に設立された小さなドメーヌです。1972年生まれのソフィーは、ボルドー大学で化学と地質学を修めた後、リールのジャーナリズム高等専門学校で、科学ジャーナリズムを専攻しました。卒業後は科学と環境分野を専門とするジャーナリストとして活躍していました。その後ワインへの情熱から2002年にフランスで最も権威ある専門誌Revue du Vin de France ルヴュ・デュ・ヴァン・ド・フランスのジャーナリストとなり、ディディエ・ダグノーやマルセル・ダイス、レオン・バラル、アンリ・ラモントー、ドゥニ・デュブルデューなど数多くの超一流ワインの造り手達を取材。ブドウ産地も訪問し、主に土壌の研究に関する記事を寄稿していました。しかし、現在ドメーヌの畑があるピレネー=アトランティック地方の丘陵に魅了され、ブドウ栽培家に転身することを決断したのです。
挑戦の始まりは、1816年に作成された古地図を見つけたことでした。そこには、ソフィーと夫のティボーが住むDenguin ドンガンの自宅の近くにあるMoncaut モンコー(地元の言葉で「温かい山」を意味する)という名の丘陵がブドウ栽培の区画として描かれていたのです。その丘陵はジュランソンのアペラシオンから離れているため見捨てられ、草原になっていました。しかし、ソフィーの夫がワイン用ブドウの苗木家をしていたこともあって、強い関心を持った二人は2003年にこのモンコー丘陵の地質調査を行いました。その結果は驚くべきものでした。理想的な斜面、完璧な日照、素晴らしい地質。モンコー丘陵はブドウ栽培にうってつけの場所だったのです。こうして、これまでジャーナリストとして情熱を傾けていたワインを自身の手で造ることを決断したソフィーは2005年にシラー、カベルネ・ソーヴィニョン、メルロー、コロンバール、ソーヴィニョン・ブランの5品種を丘陵の2ヘクタールの区画に植樹。翌2006年にはタナ、プティ・ヴェルド、プティ・マンサン、グロ・マンサン、ソーヴィニョン・グリの5品種を隣接する別の2ヘクタールの区画に植樹し、4ヘクタールのドメーヌとしてワイン造りを始めたのです。ソフィーは、シャトー・パルメ支配人の兄やワイン用ブドウの苗木家である夫、そして友人である故ディディエ・ダグノー、ギィ・ポトラ(レ・ジャルダ ン・ド・バビロン)、ジャン・ベルナール・ラリュー(クロ・ラペール)、オリヴィエ・ジュリアンなどの手助けを受けながらドメーヌを運営しています。
(以上、輸入元情報より引用)[]