[造手] Davide Spillare / ダヴィデ・スピッラレ
[銘柄] L1 (Frizzante) / エッレウーノ・フリッザンテ
[国] Italy / イタリア
[州] Veneto / ヴェネト州
[品種] Garganega dominant, Durella / ガルガネガ(ガルガーネガ)主体, ドゥレッラ
[タイプ] 微発泡 / 白 / 辛口 / ミディアムボディ
[容量] 750ml
<銘柄エピソード:Edited by essentia>
医療界ではL1は腰の第1椎骨を指すようで、このワインを初醸造した年にトラクター事故を起こして椎骨を骨折、一歩間違えば…という目に遭ったため、自戒の意味を込めてこの名前に。
<栽培:Edited by essentia>
標高150−400mの場所に10ヘクタールの畑。自然、大地との対話を最も重視し、ボルドー液以外の薬剤を使用せずブドウを栽培。この銘柄にどの畑(標高・樹齢)のブドウが使われているが不明だが、標高400mの丘の上にある畑には、祖父が植えた樹齢70年のガルガーネガがあり、火山岩とトーゴと呼ばれる玄武岩、粘土質の赤土で構成されています。ちなみに、ガンベッラーラは、玄武岩を豊富に含んだ火山性土壌主体であり、他に、凝灰岩もあり、石灰質の部分もある。
<醸造:Edited by essentia>
瓶内二次醗酵を促すための糖分として陰干ししたガルガーネガのモストを使用、酵母添加も一切行わない。
<ストーリー:Edited by essentia>
ヴェネツィアから西に80km、ヴィチェンツァとヴェローナの間の小さな街(ソアヴェのすぐ東隣の)ガンベッラーラにあるダヴィデ・スピッラレのワイナリー。スピッラレ家は代々兼業農家としてブドウ栽培を営んでいたものの、収穫したブドウのほとんどを協同組合に売却し、自家消費用には瓶内二次醗酵させた甘口の発泡性ワイン、レチョートスプマンテを生産するだけでした。
ダヴィデの父マリアーノは
ラ・ビアンカーラのアンジョリーノ・マウレと旧知の仲(自宅は2kmの距離)で、1987年生まれのダヴィデとアンジョリーノの次男アレッサンドロ(86年生まれ)が農業学校時代の同級生だった縁からも家族ぐるみの付き合いがあったため、ダヴィデは幼い頃からアンジョリーノのセラーに出入りし、物心がついてからはアレッサンドロと一緒に畑やセラーの手伝いをしていました。
世界中に知られた巨大な生産地であるソアーヴェの隣の地域でありながらも無名の土地であったガンベッラーラという場所で、自分の信念を曲げずに新たな挑戦に挑むアンジョリーノの姿勢と、彼が打ち込む畑やセラーでの仕事に魅せられたダヴィデは徐々にワインにのめり込み、10代の若さでワイン生産者として生きていくことを決意します。農業で食べていくことの大変さを肌で感じ続けてきた祖父と父は、当時18歳であった後継者のあまりにも早い決断に反対してきましたが、最終的に意思の変わらなかったダヴィデを信じ、2006年(ダヴィデ19歳)に2ヘクタールの畑を譲り渡します。ビアンカーラのセラーで醸造を始めますが、2006年は数百本しか生産せず地元で売り切ってしまったため、2007年が実質的なファーストヴィンテージとなりました(このときの生産本数は4,000本)。
祖父が植えた樹齢70年のガルガーネガが植わるのは、ガンベッラーラの標高400mの丘の上にある畑で、火山岩とトーゴと呼ばれる玄武岩、粘土質の赤土で構成されています。大地には良いブドウを育む全ての要素が備わっているという考えから、ブドウ、自然、大地との対話を最も重視し、ボルドー液以外の薬剤を使用せずブドウを栽培、現在ではガンベッラーラの標高150−400mの場所に10ヘクタールの畑も借り、約4万本を生産しています。ワイナリーでは、畑同様の哲学を実践し、出来る限り人為的関与を少なくし、シンプルで本質的なワイン造りを目指しています。
(以上、輸入元情報を基にエッセンティアにて編集。転載の場合は必ず引用元を明記のこと)