[造手] ORSI Vigneto San Vito / オルシ・ヴィニェート・サン・ヴィート
[銘柄] Sui Lieviti Vino Bianco Frizzante(L-SVPSL2022) / スイ・リエヴィティ・ヴィーノ・ビアンコ・フリッザンテ
[国] Italy / イタリア
[地域] Emilia Romagna / エミリア・ロマーニア州, ボローニャ県
[品種] Pignoletto 65%, Posca Bianco 35% / ピニョレット, ポスカ・ビアンコ
[タイプ] 微発泡 / 白 / 辛口 /ミディアムボディ
[容量] 750ml
<銘柄エピソード:Edited by essentia>
今回のロットは通常版とは少々違い、2022ヴィンテージのピニョレット60%に後述のポスカビアンカ(ノンヴィンテージワイン)を35%ブレンドし、2023のピニョレットのモストで瓶内2次醗酵を促したワイン。
<栽培:Edited by essentia>
ボローニャから西に30分ほど車で行ったところにあるヴァルサモッジャ。ヴァル(Val=Valle渓谷)というぐらいですから、ヴァルサモッジャのブドウ畑は丘陵地にある。2005年に畑を購入。2006年から畑ではバイオダイナミクス農法を導入。
<醸造:Edited by essentia>
赤は2008年から、そして白は2010年から野生酵母による醗酵をするようになり、2012年からは二次醗酵時にも酵母添加をしないようになる。
<醸造の詳細の参考に:Edited by essentia>
【スイ・リエヴィティ2022?(L-SVPSL2022)】基本的にはピニョレット100%で造る微発泡性ワイン…なはずなのですが、今回のロットは通常版とは少々違うようです。2022ヴィンテージのピニョレット60%に後述のポスカビアンカ(ノンヴィンテージワイン)を35%ブレンドし、2023のピニョレットのモストで瓶内二次醗酵を促したワイン。
【スイ・リエヴィティM&M2022(L-SVM&M2022)】マルヴァジーア・ディ・カンディア50%とピニョレット50%を屋外の地中に埋め込んだジョージア産のクヴェヴリ(アンフォラ)で3ヶ月間の皮ごとの醗酵&初期熟成を行ったものを圧搾し、タンクで熟成させていたものに翌年(2023)のモストを少量添加しボトリングし、二次醗酵をさせたワイン。アロマとタンニンの加減が絶妙なワイン。
【スイ・リエヴィティ・プラス2018(L-SVPLUS2018)】アリオンツァ50%、ピニョレット50%をセメントタンクで醗酵。収穫の翌春に冷凍保存しておいたモストを添加しボトリング、二次醗酵を促したスパークリングワイン。デゴルジュマンをしていないので、澱が入ったままです!でも全然臭くないのでご心配なく!
【ポスカ・ビアンカNV(キュヴェFeb.2025)】彼らが栽培する白ブドウ品種(ピニョレット、アリオンツァ、マルヴァジーア、アルバーナなど)がいろいろ混ざったワインですし、ヴィンテージもいろいろ混ざったワイン…。2011ヴィンテージのワインに2012のワインを少量ブレンドし、しばらく置いてから少量をボトリングし、その目減りしたところに別の2012のワインを入れ…を繰り返し、とあるタイミングから目減り分に補填されるワインが2013、2014となり…。今現在は、1年に約10回(!!!)のボトリングをするとの事。今回リリースするのは、2025年2月にボトリングしたものですので、2023までの計13ヴィンテージがブレンドされているという事になるのかと…。ポスカはローマ時代の庶民が飲んでいた、ワインを水で割ったものの名前。高貴な人や裕福な人は水で割らない純粋なワイン(Vinum)を飲めたわけですが、庶民には高嶺の花だったってことなのかと…。当時は「ワインは(ヒトを)酔わせるが、ポスカは力をもたらす」と言われていたくらい、庶民の日常に添った飲み物だったようです。ポスカビアンカは、水では割っていませんが(笑)、複数ヴィンテージをブレンドすることで、良い意味で無個性化を図り、より日常に寄り添ったワインとしてリリースする…というイメージで生まれたのかと。
<ストーリー:Edited by essentia>
ヴァルサモッジャを生産地域内に取り込むコッリ・ボロニェージDOCは、安ワインの代名詞的なワインの生産地。ヴァル(Val=Valle渓谷)というぐらいですから、ヴァルサモッジャのブドウ畑は丘陵地にあるわけで、作業効率の悪さや機械化を進めづらいという理由もあり、丘陵地帯に畑を持つ造り手はどんどん廃業してゆき、ワイン用のブドウ畑をつくる権利を売ることで赤字回収をしたのだと想像します。そして権利を買った人は、平地にブドウ畑をつくり、大量生産型の農業&ワイン生産を行い…。
ヴァルサモッジャの辺りは、クオリティワインを産するゾーンとして1000年来知られていました(この地域を統べていた女伯マティルデ・ディ・カノッサにも献上されていたそう!)から、フェデの両親もそういった歴史のある場所から偉大な文化がなくなってしまう事を危惧したのだと思います。そんなこんなで、フェデはビジネスマンからいきなりヴィニェロンをやることに…。それまでは飲み手として楽しんでいたワインを自身で造ることになり、「なぜここでワインを造るのか?そして消費者に自分のワインを飲んでもらう意味とは?そしてワインというプロダクトの価値や意味をどう高めることができるのか?」という根源的な事を自問するフェデ。それまでは、かつてのオータ同様にガイドブックで高評価されるワインを追いかけてきたのですが、そこには彼が自問した問いに対する答えがないことに気が付き、小さな職人的な仕事をする造り手やそういった造り手が集まるサロンに飲み手として参加し始めます。(その際に大きな影響を受けたのが、ラディコン、ラ・ストッパ、カッシーナ・デッリ・ウリーヴィなど…)
ワイナリーを購入し、まず最初に行ったのは、シャルマー方式用のタンクを廃棄処分する事。そして2006年から畑ではバイオダイナミクス農法を導入、赤は2008年から、そして白は2010年から野生酵母による醗酵をするようになり、2012年からは2次醗酵時にも酵母添加をしないようになり、エノロゴもいない状態に…。畑でも前オーナーがカベルネ、メルロー、シラー、シャルドネ、リースリングといった国際品種を植えていた所に、この辺りを代表する品種であるピニョレットを筆頭に、アリオンツァ、ネグレット(エヴィーノさん取り扱いの造り手、ジョルジョ・エリオリの畑でマッサルセレクションをしたもの。とても渋く酸の穏やかな品種)、マルヴァジーア・ディ・カンディア(ラ・ストッパ!)、アルバーナ等の土着品種を植えます。
<輸入元が取引を始めるまで:Edited by essentia>2025-12-19
2025年の新規取引先第4弾は、エミリア・ロマーニャ州はボローニャ郊外の造り手、オルシ・ヴィニェート・サン・ヴィートです!当主のフェデリーコ・オルシ(以下フェデ)とは、7年ほど前にデ・フェルモのステーファノを通じて知り合いとなり、人物的にもワイン的にも好印象を持っていたのですが、ようやく取引を開始することに。
このフェデ、本当にジェントルというか、相手への気遣いができるというか、本当に感じが良いんです!ビジネス上の関係が全くなかった時も、オータが彼らがつくるモルタデッラが好きなのを知ってお土産にサロンまで持ってきてくれたり…それも自分が造り手として参加さえしていないサロンに!今年の6月に訪問した際、色々完全に納得しちゃったので、取引が可能か聞いてみたところ、「そりゃもちろん喜んで!ていうか、その言葉をずっと待ってたんだよ!!実は、ヒサトと初めて会ってから今現在までにも他の日本のインポーターからのコンタクトもあったんだけど、俺はヒサト以外の日本のインポーターとは取引するつもりがなかったしね。それに、ヒサトが取引しよう!って言うまで俺は待つよってヒサトにも言ってたよね??」とフェデリーコ。ひえええええ、光栄すぎるうううう。
そして、色々話を聞いていくうちに衝撃の事実が色々発覚しました。ボローニャ生まれのフェデは、3歳の時に父親の仕事の関係でブラジルはサンパウロに行くことになったのですが、夏休みのたびにボローニャに帰ってきていて、なんと10歳くらいの時にデ・フェルモのステーファノと知り合っていたんです!ふたりのお父さんが同じ会社に勤めていて、歳も近いしという事で仲良くなったそう。(言われてみれば、ステーファノもボローニャ出身だし、二人ともお育ちの良さを感じさせる点ではめっちゃ似てる…。)その後フェデは、大学入学のためにイタリアに帰国、ステーファノもフェデもワインや料理に興味があったこともあり、大学在学中にはイタリアソムリエ協会のコースに通い(同時期にオータはローマで受けていました!)、小遣い稼ぎにレストランでソムリエチックな事をやったりしていたそう。大学卒業後はコンサル会社に就職し、イタリア、スペイン、イギリス、フランスなどで仕事し、ゆくゆくはMBAでも取得しちゃおうかなぁと、激烈エグゼクティブな人生を送っていました。その間、デ・フェルモのステーファノは、法律を学び、司法試験に受かり、立派な法律事務所に入りと順調にキャリアアップをし…。
ボローニャから西に30分ほど車で行ったところにあるヴァルサモッジャに、フェデのお母さんが一家から相続した古い家を所有していたのですが、2005年のある日(フェデ30歳)、その家の近くのワイナリー、ヴィニェート・サン・ヴィート(ワイナリー名)が売りに出たことを知ります。次の日の晩、両親と食事をしている際に冗談交じりで「買っちゃう?」みたいな感じで話してみると、予想に反して両親どちらもが乗り気でびっくりしたフェデリーコ。
ヴァルサモッジャを生産地域内に取り込むコッリ・ボロニェージDOCは、安ワインの代名詞的なワインの生産地。ヴァル(Val=Valle渓谷)というぐらいですから、ヴァルサモッジャのブドウ畑は丘陵地にあるわけで、作業効率の悪さや機械化を進めづらいという理由もあり、丘陵地帯に畑を持つ造り手はどんどん廃業してゆき、ワイン用のブドウ畑をつくる権利を売ることで赤字回収をしたのだと想像します。そして権利を買った人は、平地にブドウ畑をつくり、大量生産型の農業&ワイン生産を行い…。ヴァルサモッジャの辺りは、クオリティワインを産するゾーンとして1000年来知られていました(この地域を統べていた女伯マティルデディカノッサにも献上されていたそう!)から、フェデの両親もそういった歴史のある場所から偉大な文化がなくなってしまう事を危惧したのだと思います。そんなこんなで、フェデはビジネスマンからいきなりヴィニェロンをやることに…。
それまでは飲み手として楽しんでいたワインを自身で造ることになり、「なぜここでワインを造るのか?そして消費者に自分のワインを飲んでもらう意味とは?そしてワインというプロダクトの価値や意味をどう高めることができるのか?」という根源的な事を自問するフェデ。それまでは、かつてのオータ同様にガイドブックで高評価されるワインを追いかけてきたのですが、そこには彼が自問した問いに対する答えがないことに気が付き、小さな職人的な仕事をする造り手やそういった造り手が集まるサロンに飲み手として参加し始めます。(その際に大きな影響を受けたのが、ラディコン、ラ・ストッパ、カッシーナ・デッリ・ウリーヴィなど…)
ワイナリーを購入しまず最初に行ったのは、シャルマー方式用のタンクを廃棄処分する事。そして2006年から畑ではバイオダイナミクス農法を導入、赤は2008年から、そして白は2010年から野生酵母による醗酵をするようになり、2012年からは二次醗酵時にも酵母添加をしないようになり、エノロゴもいない状態に…。畑でも前オーナーがカベルネ、メルロー、シラー、シャルドネ、リースリングといった国際品種を植えていた所に、この辺りを代表する品種であるピニョレットを筆頭に、アリオンツァ、ネグレット(エヴィーノさん取り扱いの造り手、ジョルジョ・エリオリの畑でマッサルセレクションをしたもの。とても渋く酸の穏やかな品種)、マルヴァジーア・ディ・カンディア(ラ・ストッパ!)、アルバーナ等の土着品種を植えます。今現在は10種強のワインを造っています。
(以上、輸入元情報と造り手HPを基にエッセンティアにて編集。転載の場合は必ず引用元を明記のこと)