[造手] I Custodi / イ・クストーディ
[銘柄] Vinujancu Terre Siciliane IGT / ヴィヌヤンク・テッレ・シチリアーネ
[国] Italy / イタリア
[地域] Sicilia / シチリア州
[品種] カッリカンテ、リースリング・レナーノ、ゲヴュルツトラミネール、グレカニコ、ミネッラ
[タイプ] 白 / 辛口 / ミディアムボディ
[容量] 750ml
<輸入元コメント>
エトナ山の海抜1200m、0.4haの小さな畑に混植された、フランス系品種とエトナ固有の品種から造られます。山を散策中に偶然行きついた、なんとも居心地の良い場所があり、ここでブドウを栽培したらどうなるのだろう、という純粋な疑問からサルヴォが2005年に植樹しました。非常に高標高のため、エトナ系品種では果実が十分に熟すことが難しいと考え、早熟でアロマティックなフランス系品種も選んで植えてみたとか。熟成を経ていっそう煌めき、魅力を増しています。
<畑・栽培>
火山性砂質土壌。何百年もの間、常にエトナの土地で行われてきた合成化学物質を使用しない人々と風景、そして自然に敬意を払った農法。すべての樹齢の健全なブドウ樹は栗の木の柱に支えられ、密接して(1ヘクタール当たり8000株)植えられている。セメントを使わない溶岩石で造られた段々畑に植えられたブドウ樹は、周囲の環境との調和をはかりながら、エトナのブドウ栽培をよく知る識者、すなわち栽培家集団イ・ヴィニェーリの手によってのみ手入れをされる。
<醸造>
ステンレスタンクで醗酵、熟成
<ストーリー>
マリオ・パオルーツィはエトナの麓の港町カターニャに生まれ、そこで生活をしながらもエトナのワイン、特にネレッロ・マスカレーゼ種から造られる赤ワインには、若い頃から心惹かれるものがあった。
そして、エトナ山でワイナリーを持つことをおぼろげに夢見ていた。
マリオとサルヴォ・フォーティとの出会いは2000年頃。それはちょうど、サルヴォがイギリスの歌手ミック・ハックネルからワイン造りを任され、ワイナリー【イル・カンタンテ】を立ち上げようとしていた頃だった。そしてシチリア人のワイナリー共同出資者を、必要としていたハックネルへと、マリオを紹介してくれた友人がいたのだった。ワイナリーを持つことが夢であったマリオは、嬉々としてその申し出を受け入れ、【イル・カンタンテ】のプロジェクトは順調に進んだ。しかし、ある時その友人が、ぼそっとつぶやいたそうだ。“栽培はイ・ヴィニェーリ、醸造はサルヴォ、だけどワインはミックのワイン。
マリオの名前はどこにいっちまったんだろうね”。
次の瞬間、マリオは自分のワイナリーを造ることを決意していた。【イル・カンタンテ】は2004年VT を最後に、惜しくもワインの生産をやめてしまったが、マリオがそのブドウ畑を引き継ぎ、数年後の2007年に、念願のワイナリーを立ち上げた。栽培はもちろん、サルヴォ率いる、栽培家集団イ・ヴィニェーリ。しばらくはランダッツォの小さな醸造所でのワイン造りだったが、2018年にモガナッツィ(ランダッツォから東へ10�辧砲悄⊂�造所を建設した。それと同時に、それまで兼業で続けていた、以前の仕事も辞め、100%ワイン生産と、ワイナリー経営に注力できる状態になった。
ワイナリーの建築は、近代的な造りをしていて、マリオもエトナの伝統的なパルメント(醸造所)への思いはなかったわけではないが、やはりそのような醸造施設を建設することは、相当に複雑な事情があるようだ。昔ながらの石壁のワイナリーは、不衛生だという理由で、醸造所としては認可されない。
マリオはエトナで生まれ育ったわけではないけれど、サルヴォの考えに深く共感し、伝統的な、そしてクオリティーワインを造るためには、ブドウはアルベレッロ仕立てであるべきだと強く信じている。
彼はモガナッツィのワイナリーの建設の際に、そこにはすでにグイヨー仕立てで畑が植えられていたのだが、ブドウ樹をすべて引き抜き、アルベレッロへと仕立てるべく、植え替えてしまった。それだけ彼のエトナの伝統への思いは強い。
<モガナッツィ区画>
我々の火山のブドウ畑への情熱に火が付いたのは、モガナッツィをはじめて散策した時だった。昔ながらの工法の溶岩石の垣根で囲われた、天然の円形劇場ともいえるブドウ畑は、中心にパルメントを備えており、エトナの北部のネブローディ山を望むことができる。段々畑を支えている垣根は、よりよい水はけと、また土中の風通しをもよくしてくれている。そこで我々は、半世紀もの寿命をもった素晴しく健康な幾千ものブドウ樹を見つけたのである。それらのネレッロ・マスカレーゼとネレッロ・カップッチョは、我々の初めての赤ワインである“エトネウス”を生み出した。(しかしその畑は多くの死んだブドウ樹も残っていたため)イ・ヴィニェーリとは失われた時間を埋めていくように、長い期間をかけて、新しい苗を植えていった。ひとつひとつ、彼女らの姉妹のように自然に長生きするように願いを込めて、新しいブドウ樹を植えていったのだ。
(以上、輸入元情報より引用)[]