レ・クレーテ / シャルドネ・キュヴェ・ボワ 2018

A258

7,400円(税込8,140円)

[造手] Les Cretes / レ・クレーテ
[銘柄] Chardonnay Cuvee Bois / シャルドネ・キュヴェ・ボワ
[国] Itary / イタリア
[地域] Valle d’Aosta / ヴァッレ・ダオスタ州
[品種] Chardonnay / シャルドネ
[タイプ] 白 / 辛口 / ミディアムボディ
[容量] 750ml

<畑・栽培>
アルマヴィーユとフリッソニエーレの2つの村の最良の区画。

<醸造>
空気圧で軽くプレスしたフリーランジュースのみを300lのバリックに入れて発酵。一部新樽も使用。発酵終了後、シュール・リーの状態で11ヶ月熟成。その間、毎日バトナージュをすることで旨みを得ている。

<ストーリー>
イタリアで最もワイン生産量の少ない州ヴァッレ・ダオスタ。
この州が優れたワイン産地だということを証明したのが「レ・クレーテ」。
高評価の常連となった「シャルドネ・キュヴェ・ボワ」。
『キュヴェ・ボワは14年連続で3ビッキエーリを獲得するなど彼等を代表するワインで現地リストランテのワインリストには必ず載っている』
カンティーナはヴァッレ・ダオスタの州都アオスタ郊外の「アイマヴィーユ」に位置する。 1700 年代中頃にフランスより移住してきた「シャレール」一族はこの地で小麦を中心とする製粉農家として生計をたてていた。 1810 年に土着品種の多様な個性に興味を持ち 2haの畑を購入し、ワイン造りを始める。
『当時は土着品種に特化していた。フミンを単一でボトリングしたのもレ・クレーテが初めてだった。その後、プティ・アルヴィン、シャルドネと植樹』
1989年には現在のカンティーナを完成させ、製粉所はアグリツーリズモへと変更された。
『当時は全く売れなかった。車にワインを積みトリノのレストランで売りに歩いた。当時はジュゼッペ・クインタレッリも売れてなくて一緒に売り歩いた』
現在、6つの村に20haの自社畑を所有。この地の土着品種に加えシャルドネ、ピノ・ノワールなどのフランス品種まで多様なワインを造っている。
『きっかけはルイジ・ヴェロネッリだった。彼が僕等のワインを評価し、ヴァッレ・ダオスタでも偉大なワインが造れると広めてくれた』

ブルゴーニュに学んだ
『1980 年代にブルゴーニュに渡り、ガニャール・ド・ ラグランジュで栽培、醸造を学んだ』
仕立はブルゴーニュ式グイヨが採用され、仏産バリック発酵、熟成も早い段階で導入。バトナージュの考え方も古典的なブルゴーニュのよう。現当主は偉大な醸造家100人にも選出された「コンスタンティーノ」。現在は娘の「エレナ」と「エレオノーラ」が栽培、醸造を取り仕切っている。当初から密植率は7,000〜9,000本/ha。その当時の平均密植率が 2,000本/ha なので、その高い密植率に驚かされる。 降雨量が少ないのでカビや病気に侵されることが少ない。雨が降っても丘の間にある畑なので風が湿気を消してくれる。防カビ剤はほとんど使用しない。
『自然農学に基づき農薬散布や化学肥料を廃止し た。酸化防止剤も以前の1/5まで減らした』

日照量の多さがアオスタ
「アイマヴィーユ」は氷河期に形成された帯状の氷 堆積に囲まれていて石灰質片岩が砕けた白い土壌 と砂質の混合土壌。 表土は石灰質のもろい岩に覆われている。標高は600〜900m。
『アオスタは寒いと思われているが、実は日照量は他の産地と比べても多い。だから僕等のシャルドネは南国フルーツのように熟した香がでる』
夏中盤以降、葡萄は成熟期に入る。この時期の気候がアオスタの大きな特徴。
『日中はモンブランに反射する日射で30 度まで気 温が上がり、夜はアルプスから吹き下ろす風で氷点 下になる。この昼夜の寒暖差が葡萄にストレスを与 え、葡萄は自身を守る為に糖を蓄える』
日本ではシャルドネが有名だが、現地では「プティ・ アルヴィン」と「フミン」で有名な造り手。
『プティ・アルヴィンはアオスタらしいピュアな果実味とフレッシュな酸。地元の定番的ワイン。フミンはこの地域の最上級の赤ワイン』
地元のレストラン向けに余った葡萄を全てアッサンブラージュしている「ビアンコ・モンブラン」を造っている が、日本には特別に出荷している。
(以上、輸入元情報より引用)[]

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